LGBTのL的 アラサークライシス

LGBTのL

こんにちは、LGBTのLとして生きてきて30年あまりのししまるです。

今は36歳ですが、31歳のときにアラサークライシスで倒れ、当時教員だった私は仕事に行けなくなったしまいました。

私はLGBTのLの代表でも何でもないですが、LGBTのLとして、また女性として自分が経験したアラサークライシスを振り返って公開してみます。

こんな個人史もあるのかと気軽に読んでみてください。

アラサークライシスとは

まずは、アラサークライシスとは何なのか解説します。

アラサーは around 30ですので、20代後半から30代にかけての年代を表す言葉ですね。

クライシスは英語のcrisisです。次のように日本語にできます。

crisis 
①(事態の)危機、重大局面、難局
②(人生・運命などの)重大な分かれ目、岐路、転換期
(ジーニアス英和大辞典)

アラサークライシスとは、

20代後半から30代にかけて自分の人生に対して漠然と不安や、危機を強く感じる局面

のことです。

20代後半から30代は「自分の人生の方向性」について周囲からも自分もプレッシャーをかけてしまうことが多く、漠然とした不安や危機感を強く感じることが多々あります。

また、アラサーという言葉は女性に対して使われることが多く、特に「仕事・キャリア」「人との関係性・恋愛・結婚」「出産」について、分かれ道に立っている年代で、「本当にこのままでいいのか」と不安におちいる状況をアラサークライシスと言っています。

アラサーが陥りやすい「アラサークライシス」とは?乗り越えた先に見えるモノ - Peachy - ライブドアニュース
20代前半を通り過ぎ、ふと将来を見つめたときに感じる不安や焦り…。これを「アラサークライシス」といい、今日も多くのアラサー女性が悩み、もがいています。そこで今回はアラサークライシスにフォーカスを当て、特

ししまるのアラサークライシス

アラサークライシスで必ずしも「危機的な状況」におちいる人が多いわけではないかもしれませんが、私はアラサークライシスで人生の危機的な状況を経験しました。

がむしゃらに働いて学んだ20代

高校生の頃から自分がLGBTのL当事者であることを自覚していましたので、異性同士の「結婚」という目標はまったく頭にありませんでした。そのような自分の一つの目標は、社会人として会社で認められることだったのだと思います。企業に勤め始め、仕事第一の人生が始まりました。休日出勤、サービス残業は当たり前、学習塾の会社に勤めていたため夜型の生活で毎日終電で帰れれば良い方でした。

体力のある限り仕事をしていました。そう、体力があったのが20代!

そのような生活を3年ほど続けて、教員になることを志し退職しました。27歳のときでした。大学時代に社会科の教員免許を取っていましたが、英語を教えたいという思いが強くなり大学の通信課程で英語科の教員免許を取得。非常勤講師をしながら通信課程で学び、29歳で公立学校の教諭として採用されました。

がむしゃらに働いて、がむしゃらに学び、走り抜けた20代でした。

30歳になって…

30歳になって、5年間付き合っていた彼女と別れました。原因は私の余裕のない振る舞いだったと思います。5年間付き合っていた彼女と別れて、悲しかった、つらかった、苦しかった、、、

はずでしたが私はその悲しみや辛さとしっかり向き合う余裕もなく、逃げるように次の人と付き合い始めました。新しいパートナーは同業の教員だったのでうまくいく!次は絶対に別れない!と思っていました。

31歳、新しいパートナーと教員として一生生きていく、と決意しました。
引っ越すためにマンションも購入し30年の住宅ローンも組みました。
そして、パートナーは子どもを授かることを願っていたので、精子提供を受けて妊活なるものにも挑戦していました。

しかし、、、

クライシスが起こりました。

過度のストレス、疲労で眠れなくなっていて、発言が強気になったかと思えば、泣けてきたりと感情が制御しきれなくなっていきました。
ある日仕事後に同僚と飲んだ帰り道、一人で視界がおぼつかなくなり強い焦燥感にかられ、くらくらふらふらしながら何とか家にたどり着きました。そして、よくわからない不安が大きくなり、部屋に立ったまま、次の動きができなくなり、立ち尽くしていました。そして助けを求め、母に電話したのです。

「どうしよう…どうしよう…」

心配した母が駆けつけてくれました。
その次の日から職場に行けなくなり、仕事に行けない自分を受け入れられず、不安はさらに爆発し言動がおかしくなりパニック状態で救急車で病院へ運ばれ、休職となりました。

感じていた不安の中身

今、当時の不安の中身が何だったのか振り返ってみると、次のようなものだったと思いました。

・仕事の不安(荒れている中学生との付き合い方、職場環境の変化)
・パートナーとの関係性(本当は好きではなかった、前の恋人からの逃げで付き合ってしまっていた)
・誰にも言えない妊活(ネットで知り合った人から精子提供を受けての口外できない妊活)

仕事でもプライベートでも自分の歩んでいた道は間違いないと自信を持っていたのですが、それがある日ふとグラつき、それまで持っていた根拠のない自信が崩れ去ったのです。不安を不安と思わないように蓋をしながら突き進んできた結果、その不安が爆発したのでした。

これが私のアラサークライシスでした。私の場合はまさに「クライシス」=危機的な状況だったのです。

クライシスからの立ち直り

当時付き合っていたパートナーと別れ、妊活も終了し、仕事も休職となって、目指していた英語科教員の海外研修の夢も絶たれました。

全てが終わったと感じ無気力になりました。休職中の診断は「うつ病」です。

何も手につかず、ずっと寝ていた生活から、少しずつ気力が出てきて、ゲームをしたりイタリア語を勉強したりできるようになっていきました。仕事を休ませていただく中で、少しずつ自分を取り戻していきましたが元の職場に戻ることはできないと確信し、海外で暮らしたいという希望を叶えるため退職を決意しました。そこから、少しずつ前向きになって生きていくことができました。

教員を辞めたことは未だに挫折のような経験として残っていますが、今の人生は教員を辞めたからこそあるわけで、教員を辞めなければ経験できなかったことを世界中でたくさん経験できたので辞めてよかったと思っています。

クライシスの原因

私のクライシスの原因は「内面化(内在化)された他者の価値観」の影響が大きかったと思っています。

内面化(内在化)とは、
社会の価値や規範を、自分の価値、規範として受け入れること
です。

→仕事で失敗してはいけない という価値観 

→パートナーと別れてはいけない という価値観

→模範的な同性愛者でなければならない という価値観

を、無意識的に自分の価値観として受け入れ、自分がその価値観に寄れるだけ寄る努力をして歩んでいました。
それらの価値観は本当の自分の価値観ではなく、社会から望まれる価値観でした。

それらの価値観に重きが置かれ、本当の自分の気持ちや本当の自分が無視されていたのです。

 本当は仕事が全然うまくいってなかった

本当の気持ちは、
 「パートナーと別れたかった」
 「誰にも言えない妊活がつらかった」というものでした。

でも、そんな自分は受け入れられず、本音や本当の姿が押し殺されていました。本当の自分に気づかないふりをして、本当の自分をいたわってあげていませんでした。

本当の自分に気づけなかった原因は、自分の価値観ではない価値観や規範意識が自分の中に強く内面化されていたためだったと思うのです。

クライシスのトリガー

クライシスを引き起こしたトリガー(引き金)になったものもありました。
それは、公私ともに重なり合う「過度のストレス」でした。それによって、睡眠不足になり、食事摂取もまともにできていませんでした。

クライシスが再び起こらないように…

36歳になった今はアラサークライシスは過ぎ去り平穏無事に暮らしています。もうあんな危機的な状況にはおちいりたくないと思っています。でも、クライシスはまたやってくるかもしれません。そのために次の3つのことに気をつけています。

①本当の自分の価値観や望みを知ること

自分の望み、パートナーの望み、親の望み、社会の望みを分けて考え、その上で意見が異なる場合はお互いを対等に尊重し合いながら調整していくというコミュニケーションの方法を訓練しています。自分も相手も大切にする「アサーティブコミュニケーション」に出会い、得られた視点でした。

②トリガーとなる出来事に敏感になる

何が自分にとってストレスなのか考え、適切に対処することを心がけています。また、「睡眠不足になったら休む」「食事は3食摂る」など小さな心がけを習慣化しています。

③いろいろなクライシスを知る

「アラサークライシス」というものがあると過去の自分が知っていたら、危機をもう少し軽減できたかもしれないと思います。

「中年の危機」というものあるらしいので、人生の先輩の話を聞いたりしながら視野を広げていきたいです。

終わりに

自分のアラサークライシスを振り返ってみて、それは「人生に対する不安の爆発」だったと分かりました。

漠然とした不安に蓋をするのではなく、不安な状態を明らかにして、弱い自分を小出しにして受け入れることが必要だったと思います。
それができていなかったから「爆発」してしまいました。

実は、今回書いたクライシスは私にとっては1回目のクライシスでした。できるか分かりませんが、できる時がきたら2回目のクライシスも振り返って出来事の解釈をしていきたいと思っています。

最後まで読んで下さりありがとうございました。

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